【♂2 ♀1】自殺女とおかしな道化師。
夏樹 女 22歳 彼氏に浮気をされて自殺した
道化 男 ?歳 正体不明の道化師。支離滅裂でわけのわからない存在。
修一 男 22歳 夏樹の彼氏、浮気をした。脇役。
夏樹「……ん? あれ? あたし、死んだはずじゃ」
道化「おやおやおや。お目覚めですか? 素敵なお嬢さん」
夏樹「うげっ……。あんただれよ。変な化粧して……きもいんだけど」
道化「これは私の、アーイデンティティーでございますので、どうかご容赦を」
夏樹「それより、なんなのよここ……? あたし、なんでこんな所にいるわけ?」
道化「久しぶりのお客様はずいぶんとせっかちのご様子。しかし、それに答えるのも私の楽しみ……」
夏樹「どうでもいいけどさ、このっ、部屋! からっ、出たいんだけど! なんっ! なのよこの扉。開かないじゃないっ! あたしをこんな所に閉じ込めてどうする気!?」
道化「そこから出る事は、今は出来ません。……と、申しますか。そこから出た貴女に待っているのは死という未来……死んでしまうのに出るなんて悲しいじゃありませんか」
夏樹「死……っ! そうだ! どういうこと? あたしはたしかに切った……切ったはずよ!」
道化「死んでなどおりません。……と、言うか。まだ、死んでいないといったほうが正しいですか?」
SE:道化が指を鳴らす音
SE:テレビのブラウン管がつく音
修一「おい、冗談だろ夏樹! 目を開けろ! 目を開けてくれよ!」
夏樹「修一……」
道化「ご覧のように、手首を切った貴女を、彼が見つけましたので、まだ、貴女は生きています」
夏樹「修一! ごめん……だって……あたし……」
SE:道化が指を鳴らす音
SE:テレビが消える音
道化「はい。ここまで」
夏樹「なっ!? どうしてよ!」
道化「貴女はもう、それを手放したのでしょう? それなら必要ないじゃないですか?」
夏樹「それっ……は、だから……!」
道化「貴女の身体はもう助からない。若い身空で旅立たねばならない……そんな貴女が最後に話をするのが私……嗚呼、なんて素敵なんでしょう」
夏樹「助けてくれるんじゃないの!?」
道化「助ける? 私が? 貴女を? あーっはっはっは。冗談でしょう? 私にそんな力はありませんよ。それに、貴女が捨てたものじゃないですか。その命は」
夏樹「そう……だけど……」
道化「本当に必要なものなら、何故手放したのですか? 必要ではなかったから手放したのでは? ね? ほら、貴女にはそんなもの必要なかった。だから……ね? 私とここでお話しましょう」
夏樹「そんなのお断りよ!!」
道化「悲しい事をおっしゃる……見てください。ほら、涙が」
夏樹「ペイントじゃないのよ! ふざけてんの?」
道化「ふざけているなんてとんでもない。私は真剣に私であり続けるだけですよ」
夏樹「……頭痛くなってきた」
道化「大丈夫ですか? お薬を飲みますか? なぁーんて。ここにお薬なんて無いんですけどねぇー」
夏樹「もういい……さっさとあの世に連れていきなさいよ」
道化「はい?」
夏樹「生き返る事なんて、出来ないんでしょ?」
道化「ですから、まだ、死んでいないと」
夏樹「同じ事よ!! もう……取り返しなんてつかないんだから……」
道化「取り返し……取り返しとは、何を取り返すのですか?」
夏樹「だから、私の命に決まってるじゃない!」
道化「奪われてもいないのに取り返すとは……まるで謎かけですね。あっはっはっは。あー。あなたは愉快な人だ」
夏樹「ちょっと! ふざけてんの?」
道化「嗚呼、いえいえいえ。ですからふざけているなんて滅相もない。だっておかしいじゃありませんか? 自ら捨てたものを取り返すだなんて、いったい誰から取り返すんですか?」
夏樹「……あんた。最低ね」
道化「ああ酷い……そのような事をおっしゃられるとは……私悲しくて泣いてしまいます。ほら……」
夏樹「もうそれはいいわよ! ……はぁ。もういいわよ。消えて」
道化「消えるなどできません!」
夏樹「な、なんでよ……」
道化「私はこの部屋から出られませんから。消えることなんて出来ません。それに、私は貴女の事が気に入ってしまったようです」
夏樹「あたしはあんたのことが嫌いよ」
道化「嗚呼……嬉しい。好きの反対は無関心。貴女が私を嫌うというなら、私は貴女の心にいる……なんて素敵な事なんでしょう」
夏樹「はぁ……もういいから放っておいてよ……」
道化「……」
SE:ブラウン管のテレビが着く音
修一「先生! なんとかこいつを助けてやってくれよ! 俺が、俺が悪いんだよ! 俺がこいつの事を!」
夏樹「……」
修一「俺、こいつに謝りたいんだよ! だから先生! なぁ! 助けてくれよ!!」
道化「必死ですねぇ……いやぁ、実に滑稽。見てください、彼、泣いてますよ。……あぁ、その場で泣き出してしまった」
夏樹「……うるさい」
道化「あははは。今度は看護師に外に連れ出されてますよ。面白いですねぇ、ほら、貴方モ見てくださいよ。自分で命を絶った相手に、一体何を言うって言うんでしょうねぇ。言葉で人が救えるとでも? あっはっはっは。彼は純粋なんですねぇ」
夏樹「やめてよ!」
道化「おや? どうしました?」
夏樹「修一の事……悪く言わないで!」
道化「だって、貴女のことをこーんな姿にしたのは、彼じゃないですか? それなのに、何故庇うんです?」
夏樹「修一が悪いんじゃないの! 私が、勝手に嫉妬して、それで……勝手に命を絶ったの!」
道化「あはははは。面白い事を言いますねぇ。浮気をしたのは彼でしょう? 貴女になーんの落ち度もないじゃないですか」
夏樹「落ち度ならある! 彼が浮気をしたのは、私が全然かまわなかったからだし……」
道化「かまわなければ浮気をする? その程度の男なんでしょう? 彼は」
夏樹「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!! 修一の事なんも知らないくせに!」
道化「分かりますよ。浮気性の彼なんかより、私の方がよっぽど良い。だって私には善意しか無いのですから!」
夏樹「あんたなんかより百万倍修一のほうがいいわよ! 私は……修一の事愛してるんだから!!」
道化「貴女の言う愛はずいぶんと軽いのですねぇ。そもそも愛などという言葉が良くありません。あのようなもの、体の良いまやかしではないですか」
夏樹「ほんっ……となんなのよあんたは! やめて! 聞きたくない! いいから消えてよ!」
道化「そうやって都合が悪くなると耳をふさぐ。嗚呼、なんて悲しくも興味深いんでしょう。貴女は。そんなに私が嫌なら出ていけばいいじゃないですか。私はここを出られませんが、貴女なら出られるでしょう?」
夏樹「だから……! 出られないんだって! ……っ!? え……」
SE:扉の開く音
道化「ここは、貴女の世界。貴女が生み出した世界なのですから、閉じ込めていたのも貴女自身。さぁ、扉は開きましたよ貴女はどうするんですか?」
修一「頼むよ……目を覚ましてくれよ夏樹……俺、謝るからさぁ……なぁ……」
夏樹「あいつを、ぶん殴ってくる!」
道化「本当に貴女は興味深い。いってらっしゃい。また、お会いしましょうね」
夏樹「二度と御免だ。ばーか!」
※間
道化「行ってしまいましたか……。ふふ。また、お会いしますよ。絶対。何故なら私は、貴女の一部なのですから」